エグ過ぎる!大手企業の二次下請けイジメは想像を遥かに超えた残酷さ

立場を利用した職場イジメって、メチャメチャ卑怯だと思いませんか?

僕自身、下請け業は経験済ですが、不条理すぎて何言ってるのか分からないし当然反論も不能。上司に叱られた腹いせなのか、親会社の社員にドツかれたりもしたけど、耐えるしかない日々。

下請けは、歯食いしばって耐えるしかないんだよ!!

大手自動車メーカーで繰り広げられた職場イジメは地獄

こんにちは。年齢は28歳男性、職業は専業主夫をやっていますコウと申します。

あれは7年前の事。当時請負会社を通じて大手自動車部品メーカーにて出荷業務を担当しており、自分は入ってまだ間もない新人。

その時受けた職場のいじめは、人生の中でも一番辛かったし、今でもトラウマになっている。

当時自分は20代前半で、最年少でもあったためか嫌がらせや、パワハラを受けることが多く結構苦痛な日々が続きました。良好な人間関係の構築に、ここまで労力を費やさなければならないのか?と疑問でしたし、この新人いじめはとにかくヒドかった。

当時は震災等の影響を受け、不景気でこれからどうなって行くのか不安で仕方が無い時期でした。人ってここまで残酷になれるのか実感したし、経験にもなりました。

私がいた会社は他所の無名の請負会社です。必死という表現よりは、もがき苦しんでいる表現の方が正しいでしょう。そんな中に自分が入ってしまい本当に運が悪いとしか言いようがないです。

職場の雰囲気も悪かったし、ちょっと裏がありそうなブラック企業だったのを覚えています。

イジメられたくないが故に他の誰かをイジメる悪循環

所詮私のいた会社は、二次下請けでしたから扱いはかなり酷かったですね。

色々と罵声を浴びせられたり、ちょっとしたミスも見逃してもらえない状況の中、上司から「次ミスしたらマジで訴えるぞ」って言われたりで精神的に苦痛でしたね。

辞めるにも脅迫めいた事を言って辞めさせてくれないし、邪道な表現もあります。

また、周りのペースについていけずミスってしまった時など、他社の派遣スタッフが仕事そっちのけで、人のあら捜ししたり上司に言いつけたり、「ここは幼稚園か?」と思うような場面もあって、苦痛でした。

取引先企業からの監視も厳しく、普段集中して作業に取り掛かっている時でも相手は冷静でなく、ありもしない責任を押し付けてこられたりもしました。

ストレスは限界をとっくの昔に通り越して、下手したら気が狂うんじゃないかな?って精神状態でしたね。

よく耐えた俺。よく我慢した俺って、過去の自分を褒めてやりたいぐらい。

工場勤務の中で、製品を入れる空の箱を生産ラインに投入する仕事もありました。しかし、自動車メーカーから戻って来る箱が足りない場合は当然「無い物は無く、投入できない」状態になります。

それでも、二次請負の自分達に責任を被らせようとするのが取引先です。

いわゆる、下請けいじめの的になってしまっています。そこに自分も入れられてしまい、ボロカスに暴言を受けてまるでサンドバックです。

自分のことを言われるのは我慢できましたが、「お前のかあちゃん〇〇」とか「お前の親父はアル中だ」とか、そんな暴言子供でも言わないよってレベルの罵声。ICレコーダー持ってたら、きっと大ごとになったんだろうな~と少しだけ後悔しています。

ストレスは限界だったが体育会系のノリに耐性があった

自分は元々学生時代に部活動で体育会系の環境に居ましたので、この様な状況は多少慣れてはいました。しかしです、会社の体制に不満があったので、とにかく上司に対して意見は述べさせて貰いました。

当然の如く、喧嘩になったりもしましたが、それは運良く最初の段階で収まったのを覚えています。

それ程のいい加減な会社ですよ。

もちろん、社員全員が悪い人間ではありません。やんちゃな人もいますが、エネルギッシュに行動力があって仕事をこなす人もいますし、そこから上手くグループワークを築いて行った方もいます。

自分はとにかくポジティブに考え、そして学生時代の努力した経験を思い出し、この仕事に繋げようと意識して取り組んで行きました。

ネガティブな事ばかり考えてしまえば、結果的に重度の精神病に陥った事でしょう。

自分は当時まだ社会人になって年数も浅く、年の離れた人と友好な関わりをもった経験がありませんでしたから、とにかく積極的に先輩とのコミュニケーションを大切に行いました。

飲み会や、会社のボーリング大会等のイベントは積極的に参加して、「周りの人との距離感を縮める事が何よりも重要な事」と捉えて、行動に移しました。業務に関しましては、供給する箱が足りない場合は上記の通り、無い事もきっぱりと告げて対処して貰う形にしていました。

様々な行動をしてコミュニケーションを深めた事により、先輩からアドバイスを頂きそれを実行した結果でもあります。

趣味の幅を広げリフレッシュして精神的に病まなかった

現在は退職して家事に専念する立場となりましたが、この痛みを克服するには時間を費やしましたね。何故なら、それ程の厳しい環境の中、自分の精神面を犠牲にしてでもやり遂げる気持ちが無いと、この業務を続けるのは極めて困難でした。

その後転機が訪れ、私はこの狂気的な職場を退職するに至りました。

退職後にまずやったのは、趣味であるドライブの頻度を増やしました。働いていた頃は、疲労もありあまり外出する機会はありませんでしたが、退職後は家事を中心としているので、どうしても時間が余ります。

その余った時間で、運転経験が浅い自分が峠や海に近い街に行ったりして、とにかく気持ちをリセットする事に専念して、自分の新しいライフワークを築いて行く事を目標にして行動しました。

そのお陰で今がありますし、ドライブを通じて自分の知らない地方に出向く事で新鮮な気持ちにもなれましたし、回復に繋がりました。自分は元々料理を趣味としていましたので、作った事の無い新しいメニューを作ったりして楽しいクッキングライフを楽しみもしました。

これらの趣味は効果があり、中華料理店でを働いていた時は作っていましたが、洋食や和食の料理にも着手してより多くのレパートリーを増やす事ができました。トラウマとなった就業当時の記憶を忘れ去る事ができましたし、現在の自分らしい生活スタイルの確立にも繋がっています。

この様に、職場を通じて様々な苦労がありましたが、今自分に出来る事を続ける事で苦しみから脱する事が出来ました。

大手企業の二次下請けイジメは想像を超えた残酷さ

最後に要点をまとめておきます。

  • 大手自動車メーカー内で二次請負の立場
  • とにかく不条理な理由で虐げられる
  • 下請け会社同士で職場イジメ合戦が激しい
  • 学生時代に体育会系だったから精神的に病まなかった
  • 事情があり退職したがリフレッシュしなければトラウマ

立場が変わったら、地獄の底まで追いつめてやるって妄想してましたが、そこの会社は資系に乗っ取られて跡形もなく消え去ってしまいました。

いやぁ、残念でした。

万が一の場合に備えて別の収入源を確保しておきませんか?

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