新人イジメが横行する職場で円形脱毛症になるも生き抜いた男は陽気

初めて世に出た新人君達は、何も分からず右往左往しているのではないではござらんか?

拙者も初めて宮使えした時は先輩どもを憎んだものでござるが、何が正解で不正解なのか、それすら分からないのが辛いでござるな。

身体に影響が出始めると、ヤヴァいのはいつの時代も変わらぬようで。

時代錯誤も甚だしい先輩方のお茶出しも男子社員の仕事

私は49歳、男性、広告デザインを生業としています。

職場のいじめで一番辛かった経験は、新人の頃からの2年間です。最初は新人だから、朝出勤してから先輩方のお茶を出す仕事もやらなければいけないのかと考えていました。

当時は、新人の女子社員がいなかった為、私が率先して行っているような状態です。

当然、先輩方が出勤する前にお茶の準備をしなければならず、毎日朝5時に起きて通勤。仕事が始まって先方からデータが来れば、全員のメールをチェックし、データ確認まで行い、出力をした物を先輩方に渡す仕事もしていました。

その後、ようやく私自身の仕事です。

学んでいる最中でしたが、メールが来れば自分の仕事は中断し、メールの確認をしなければなりませんから、どんどん自分の仕事が遅れて行きます。

そういう時に限って、遅れている仕事状況を見かねて直属の上司に叱られます。

言い訳が出来ない状況の中、私は耐え続けるしかありません。

それ以降、メール以外にもどんどん他の仕事が増えていきました。他の雑用を行っては、自分の仕事は遅れ怒られる。その負のルーティンは続いて行きました。言い訳出来ない辛さと、不条理な他人任せの部の状況への不信。全てがストレスでしたね。

後輩いじめが常態化した職場で円形脱毛症になった私

最初は新人だからって部分で、自分をカバーしていました。

それでも時は無情にも進んでいくものです。

半年が経ち、仕事で一番重要な準備の部分を全て新人である私に任せ、任せた先輩達はと言うと、デスクでネットを見ていたりします。

それでも、準備を失敗すれば何故か私が怒られます。

その雑用によって、集中出来ない環境での自分の仕事は、早く覚えなければならないプレッシャーと、遅れたら直属の上司に怒られるプレッシャー。

雑用の山をやらなければならないストレス。新人とは、ここまでやらなければいけないのかと正直悩みましたね。

言うのも恥ずかしいのですが、当時円形脱毛症にもなりました。

ある時、同い歳の同期の友人と飲みに行った時、その同期の友人と私の境遇の違いに愕然とするしかありませんでした。違う部の先輩もその場にいたので、私の部の傾向性を聞いて見ると、昔からそういう体質があるようでした。

準備と研鑽の入口と出口は、若い子に任せる体質が、その部内では普通の事となっていたのです。

みんな最初は、違和感がありながらどんどん朱に染まり、自分が先輩になった時、同じ事を若い子にやらせていく。それに耐えられない人は、会社を辞めていく状況だと話を聞きました。

それでも部の空気が明るい雰囲気であればまだ良いのですが、どんよりとした空気だから息も抜けません。

心が折れそうでストレス発散の時間をルーティン化した

私は、会社から一歩外へ出た時、本当に心の底からホッとしている自分がいました。

そして、家へ帰れば、仏頂面の毎日。いつしか笑顔になる瞬間がなくなってしまいました。これはまずいと考えるも、この体質は急には変わらないのは確かです。

特に新人の私だけの力で変えられるほど、甘くはありません。

そこで考えたのは、社内では出来るだけ笑顔を作ろうと考えました。環境という根っこを変えない限り、この体質は変わらない。時間は掛かりますが、出来るだけ笑顔で仕事に取り組むべきだと考えたのです。

ただ勢いだけでは、継続出来は出来ません。

息抜きがなければ、この状況に心が折れてしまうので、週に1日オフの日をリセットの日にしようと決めました。

決めたからには、そのオフの日を時には仲の良い友人と飲み会を開いたり、バーベキューをしたり、おもしろい映画にいったり、お笑い劇場に行ったり、とにかく心の底から笑顔になる日にして、次の日からの戦場に行く見たいな流れを作りました。

この1週間が終われば、オフの日が待っているモチベーションを作る様にしました。

まずは朝、笑顔で全員に元気よく挨拶です。

何かを頼まれても、笑顔で対応する様にしました。特に作り笑顔の時もありましたが、とにかく笑顔を作る事に徹しました。

その労力から来るストレスをオフの日で浄化して、また次の一週間が始まる自分のルーティンを作り、行動をする様に心がけました。そのルーティンは、自分にとっても、挑戦ですし挑戦した事は、必ず伝わると信じて行動していました。

他力本願でなく自ら職場を変えようと試み功を奏した

部の雰囲気を変える他力ではなく、自分に挑戦しようと考えを変えたのが良い方向に向かいました。

他力だと、どうしてもそこから愚痴が生まれ、相手への嫉みが生まれてしまいます。

それでは変わらないですし、そうやって朱に染まっていくとマズいので、まずは自分が変わろうと考えたのです。

だから、最初の数週間は笑顔を作るのが苦痛な時もありましたし、笑顔に対して仏頂面で返されると、イラッともしますがそれでも笑顔に徹しました。

すると面白いもので、1年経ったころ部の空気感が変わっているのに気がつきました。それで、懇談の場も出来る様になって来ました。その時に、私が経験した事の重要性を逆に、先輩達にお話し出来る様になっていきました。

すると少しづつですが、自分の事は自分でしつつフォローだけ、私がする様な形に変わっていきました。私は少しづつ、自分の仕事に集中出来る環境になっていました。その時にふと気が付いた事があります。

それは、全ての仕事を短期間で覚えられた事で、全ての仕事を行った事で自力がついていました。そして、どれだけ大変な仕事だったかを経験出来た私は、私の代から若手に対しての雑用の在り方を変えていきました。

それは、経験者だから先輩方は私に何も言えない環境を作れたからです。

結果として、先輩方との信頼関係が生まれ、若手がのびのび出来る環境を作る事が出来ました。

辞めようかと悩んだ時期もありましたが、他人ではなく自分の成長の為にと舵をきれた事。そこには笑顔にしてくれる仲間がいた事。この二つがあって、今があると思えます。

新人虐めが横行する職場で円形脱毛症になった男まとめ

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