営業成績トップでもリストラ!?恨んだけど今は統括部長をしている女

不景気になれば真っ先に切られる非正規って立場が弱いですよね?

たとえ彼ら彼女らが第一線でバリバリ活躍していたとしても、非正規→正社員の順で切られてしまう!

新藤さんも勤めていた旅行会社からリストラを言い渡さ、絶望と悔しさでいっぱいだったようです。

そんな彼女ですが、現在はとある旅行代理店の営業統括部長として君臨されています。

彼女に一体何が起こったのでしょうか?

旅行会社からリストラされ納得できず上司を恨んだ

はじめまして!私は現在、旅行関連会社にて営業部隊の統括をしている50代女の新藤です。

以前も同じ業界に勤務しておりました。

私が人生で一番辛かったリストラは、1990年代のバブル崩壊時に自身におきた経験。

当時私は契約社員として都内の旅行会社に在籍しておりました。

日本を代表する、とある企業グループの傘下で旅行及び貨物の取り扱いで知られた四季の旅。

私は旅行部門配属で正社員ではありませんでしたが、入社した当時は父親が非常に喜んでくれたのを覚えています。

父親はかつて貿易会社に勤めており、海外企業や船会社とやり取りをしていたようで、偶然にも貨物部門で関わりがありました。

そんな父親をよそに、まだ若く日本の将来や経済の動向について考える意識の高さなど無かった私は、それこそ全盛期は欲しいものを貪欲に買い、海外旅行や当時流行の夜遊びを満喫。

そして入社後数年で、日本はバブル崩壊を迎えます。

会社は徐々に事務所を縮小、遂にはそれまで都内の一等地にあった本社がJRで5駅ほど離れた往来の激しい雑多な街への移転が確定し、同時に私は当時の上司に呼び出されてしまいます。

「今月いっぱいで契約延長することができません」と、あっけなくクビ。

そこそこに売上実績も出していたので、「信じられない!この私が?」って気持ちと妙なプライドで「私の意思で退職という形にしてくれませんか?」と涙をこらえてお願いするのが精いっぱい。

常識で考えたら、売上も出せないお荷物な正社員がリストラされて当然なのに、非正規だからって理由だけで私から切られたのは、すっごく悔しかったですね。

いつも味方になってくれた優しい上司で、「自分のツテもあるから次の仕事を一緒に探そう」と愛情のある言葉で励ましてくれたのが本当に嬉しく救いでした。

結局私は、バブル崩壊時にも関わらずほとんど就職活動をすることなく、彼の人脈で次の仕事が決まりました。

旅行会社からのリストラ計画は社員の知らない間に進行

リストラされて心配だったことは在籍していた会社の仕事仲間、同僚のこと。

私は立場こそ契約社員でしたが、当時正社員と契約社員の仲が良く、私と同世代の若者が多かったため毎晩誰かが飲み会を主催し、週末も同僚の誰かと過ごす、毎日楽しい職場でした。

しかし次第に「会社がちょっと危ないのではないか?」との空気が上層部で流れだし、その情報が少しづつ末端の社員までやってきました。

それこそ水面下で、連日飲み会を楽しんでいた私たち、特に契約社員には気づかない暗雲。

そのころには契約社員の人員削減という計画もゆっくりと内密に進行していたようです。

当時の仲間たちのリーダー格の男性社員が「この状況で誰一人クビにはさせない!」と決意したそうですが、それ以来彼は、遅刻などマイナス評価の対象になることを厳禁とし、ルールを破った場合は500円徴収と私たちに言い渡しました。

私を含め事情がわかっていないものは「急に何故?」と動揺し「絶対徴収なんかしないよー」と高を括っていたのですが、彼は有言実行に踏み切りました。

今思えばそこで気づくべきだったと心から後悔。

あー、本当に何も考えていない。何故気づかなかったのだろう。

時すでに遅しだったのかもしれませんが、彼の仲間たちを思う気持ちに応えることができず、ほとんどの契約社員が会社を後にしていきました。

「今月いっぱいで契約延長することができません」この言葉を聞いたとき、初めて彼の作ったルールの意味を知り、全く呑気だった自分に怒りが込み上げてきました。

あの楽しい時間はもう来ない、リストラで部署も再編成、支店への異動者もでる。

彼らは多くの仲間と離ればなれになってしまう。

残った者に対する申し訳ない気持ちと、彼らはこれから大丈夫かな?との心配がしばらく心から離れませんでした。

旅行会社からリストラされコネで転職したが給料低い

リストラされ葛藤を感じたのは、もちろん収入面。

せっかく職が決まったけど給与が低くて、でも元上司が懸命に掛け合ってくれた会社だから断りづらい。

話がそれますが、今思えば崩壊前の日本の企業は様々な経費の面で甘いというか悪く言えば杜撰でした。

在籍していた旅行会社でもしかりですが…。

なんでも領収書で「ありあり」で、残業代を含む人件費や接待費、備品の経費を誰が心配したのでしょう。

そんな状況も手伝い、それなりに忙しく遅くまで業務をこなしていた私は、当時としては残業代を含めるものの、誰が見ても納得のいく額のお給料を頂いていました。

さて、前述の上司のお蔭で良いご縁に恵まれたものの、転職先のお給料をお伺いすると非常に安い。

毎月10万円以上の収入が下がる計算でした。

買い物や旅行、スキーでクレジットの支払いも残っています。

ちょっと背中がひんやりするような緊迫感が走りました。

血の気が引くような体感でしょうか?

いくら実家暮らしとはいえ、さすがに悩み反省。

転職できても必ずしも同じレベルのお給料ではなく、世間一般の常識的な金額を知っておくべきだったと、まさに社会勉強のオンパレード!

しかも、求人誌を見ても魅力的な募集がほとんどなかった時期です、コネですが失業することなく仕事が決まっているのは有難いことと、素直に喜びを感じることにしました。

開き直ってナイトワークを探し、程なく私はダブルワークの形で転職先に通うようになりました。

お水ってすっごく時給がいいんですが、お酒を飲まないとやっていけないので、それが辛かったかなぁ。

転職先の会社は基本給も低く堅実な経営を行っていましたが、その数年後のニューヨーク同時多発テロで航空会社はじめ旅行関連業界が打撃を受ける中、安定した伸びを見せることができました。

旅行会社からリストラされたが転職先で部長になれた

リストラされて本当に良かったと思えた点は、次の職場で以前からやってみたかった仕事、法人営業を任されたこと。

正確にはそのポジションを勝手に作り、いつの間にか担当者として認められるようになった次第。

様々な偶然や、よき理解者、環境の要素が絡み合った結果ですが「コネで入ってきた転職者」という立場のうちに、既存の業務の流れを確認しながら改善点等を秘かに見極め、そこに自分の場所を築いてしまいました。

その場合、周囲も「あ、なるほどね」とすんなり理解してくれ、「今後〇〇の件は彼女に任そう」という空気の出来上がり。

会社にも貢献でき、いわゆる使い走りからすぐ脱却です。

お荷物から脱却した実感があると、正直に嬉しいですし、「コネ!コネコネ入社!って陰口叩きやがって!どうだ!!この野郎?」って気持ちも湧いてきました。

以前の職場の仲間と連絡を再開したのもこの頃だったと記憶しています。

また前職で実績の積み上げ方がなんとなく理解できた頃にリストラにあった悔しさも、ある意味プラスに影響したかと思います。

このように同じ旅行手配でも、法人営業で顧客が一般的なお客様から企業に変わりました。

前職では人事異動のチャンスがなく、法人担当部署のメンバーがせわしなく動いているのを羨ましく見ているだけでした。

業務出張の場合は緊急な案件や査証発給などスピード感を持って対応する必要があり、同時に様々な知識も習得できます。

事実、「旅行取扱管理者」という国家資格があるのですが、私は企業担当の仕事をしてきたお蔭で1発で合格。

同じ旅行業でも部署によって業務内容や知識の蓄積が全く異なりますので、例え経験年数が同じでも試験に有利か、不利か大きく影響するようです。

以上のことから希望の仕事を手に入れられたことが最大の良かった点です。

営業成績トップでもリストラされたが今は統括部長の女

最後に要点をまとめておきます。

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リストラされて負け組だった中年男が稼ぐ仕組みをつくって人生逆転した方法

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