ピンチはチャンス?!東京海上からリストラされ今はセミナー講師の40代

自分は勝ち組だなって思う瞬間がありますよね?

誰もがうらやむ大企業勤務で給料や待遇も申し分ない、プライベートも充実しるとくれば「このまま定年までやりすごせれば」と夢をみてしまいます。

大木さんは、保険代理店の東京海上でバリバリ働いていた40代。

彼女との結婚を来年に控えていたある日、リストラされてしまったようです。

東京海上でプライベートも充実した毎日だったがリストラ

こんにちは。

45歳男で、今はフリーランスでセミナー講師をしている大木です。

以前は東京海上で働いていました。

私にとって人生で一番辛かったと言っても過言ではないリストラ。

有名な保険会社である東京海上の子会社で、立場は契約社員でしたがそれなりのポジションに就かせてもらっていました。

主な仕事内容は、データ入力、リストの管理、あとはアルバイトの指導で、同僚にも恵まれ給料も満足いくもの。

正社員への昇格話も持ち上がっていたので、小さいながらマイホームを購入。

人生いろいろありましたが、今後の人生は安泰とその時は疑う余地もありません。

しかしある日を境に私の人生はガラリ180度変化。

毎日朝礼があるのですが、その日の朝礼は珍しく支店長が登壇し、何故か遅番の契約社員を含め全員が集められました。

そして支店長は神妙な口調でこう話し始めたのです。

「今日はとても大切な話があります。本当にこのような事態となったのは大変申し訳ない。 実は親会社の業績が急激に悪化したことに伴いうちの会社の仕事もほぼ回らない状況になりました」と。

支店長の話はそれからしばらく続き、一呼吸おいた後、私も含め契約社員全員は契約期間終了前に解雇されることが発表されました。

もう頭の中が真っ白になって、ショック。

パートさん達の間で最近、正社員が立て続けに1人2人と辞めていっていたから、なんだか会社の様子がおかしいとは聞いていました。

しかもその社員は2人とも経理部門の社員だったんですよね…、ヤヴァい会社はまず経理から逃げるっていうじゃないですか?

もっと早く気付くべきでしたが、実際に支店長の口から全員解雇って言葉が 発せられた瞬間まで信じることができません。

支店長はうなだれていて誰も責めようとする人はいませんでした。

私はそれから数日後にハローワークに足を運びましたが、しばらく仕事探しにも手がつかず、奇跡が起こってリストラが撤回されるかもと安易に考えていました。

しかしそういった奇跡は起こらず、 指定された期日を持って私たちは全員解雇となりました。

東京海上での在籍が長かったため転職するのが億劫

リストラされて困ったことは、やはりお金の事。

それまでの安定した収入を見込んでマイホームを購入してしまったので、ローンをこれからどのように支払っていけばいいのか?まず不安ず頭をよぎりました。

当時結婚を約束していた彼女がいたので、 このままでは結婚をするどころか付き合うことさえ許されないのではないか不安も感じました。

彼女は少々お金に細かくくてリストラされたとカミングアウトすれば、フラれてしまう可能性もあるとも感じ、心中穏やかではありませんでした。

もちろん、転職活動についても不安だらけ。

その当時私は40歳になったばかりで、これから新たに仕事探しをするといってもどのような会社の入社試験を受けに行けばいいのかさっぱり分かりません。

どちらかと言えば、転職を繰り返すよりも、ひとつの会社に何年も籍を置くタイプの私は職場環境が変わるのを想像するだけで恐怖を感じました。

そんなことが頭をよぎり、軽いうつ状態といいますか、気力が湧いてきません。

仲の良かった同僚たちと会えなくなるかもしれない辛さも相まって寂しくて、ハローワークに行っても、ただボーっと過ごして帰ってくるだけの日が続きました。

無駄に時間を過ごしていても、お金はどんどん減っていきます。

家計簿をつけながら、わずかな貯金がどんどん目減りしていくのを確認しつつさらに不安に苛まれてる私。

転職活動のやる気が出始めたのは、リストラされてから2か月くらい経った頃からでした。

元東京海上ってプライドが邪魔で前向きな転職ができない

リストラをされて悩んでいても仕方ないと割り切った私は、ハローワークで見つけた仕事にいくつか応募。

しかし、想像していた以上にうまくいくいきません。

あまりにも前職が居心地が良かったこともあるのですが、入社試験を受けに行く会社のことをどうも魅力的に感じることができません。

どういうわけか、どの会社に行っても、面接官の顔を見るや否や「私のことを奴隷のようにこき使おうとしているのではないか?」って考えが頭の中を覆っていました。

今から思うと、変な先入観に支配されていたのは、私の変なプライドが邪魔していたから。

前職では立場こそ契約社員でしたが、年下の部下たちから慕われ、皆に敬語で話しかけられていましたが、40代って年齢からすると、年下の上司の下で働く可能性も十分考えられます。

これからは立場が逆転するのだなと思うと、気持ちが落ち込んで何もする気が起きません。

貯金が減っていくに従って、私の精神は不安定になっていたのかもしれません。

一体なぜこのようなことになってしまったのだろう?と思い悩むようになり、家に帰っては自己啓発や心理学の本ばかり読みふけるようになったのを覚えています。

いつしか自己肯定感も低下し、自分を受け入れてくれる会社は世間にはどこにもないのではないか?とも考えるようになりました。

転職活動をすることに対して前向きな気持ちがないのは、面接官たちの目にも映っていたのでしょうね。

私は、入社試験を受けに行った会社から、ことごとく不採用の通知をいただくことになりました。

リストラされたお陰で天職のセミナー講師と出会えた

ただ、その時期にいろいろ悩んだ経験は、今となって考えてみると逆に良い経験、貴重な財産になったと考えています。

さまざまな心に関する書籍を読みふけり、解決策を模索する中で、私は自分のリストラ談を友人達にするようになりました。

そのような中、ある異業種交流会で知り合ったセミナー講師から声をかけられ、偶然にもはその人の下で働くことになりました。

セミナーでは、心身の健康についていろいろ学ぶことができましたし、そこで発行されている会報誌の一部も任せてもらえるようになりました。

元々文章を書くことが好きだった私ですが、心に関する記事を書いたのはそのときが初めて、良い経験ができたと思います。

実際のところ、前職と比べて収入面ではかなり不安定になりましたが、自分自身のまた違う長所を発見できた点においては、かけがえのない瞬間となりました。

あのまま誰もがうらやむ東京海上で働き続ける人生も、魅力的だったかもしれないって思うことはありますし、安定した収入と人間関係に恵まれていたあの頃に戻りたいと思うと涙が出てきます。

しかし 人生には浮き沈みがある程度あるほうが楽しいですし、 ピンチがなければなかなか新しいことを始める機会に出会えません。

ピンチはチャンスと言われるように、ステップアップすることによってまた新たな楽しみが生まれてくることもあるのではないでしょうか?

ものは捉えようで、リストラを前向きにとらえて今後の人生に活かしていきたいと今は考えています。

東京海上からリストラされセミナー講師の40代まとめ

最後に要点をまとめておきます。

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リストラされて負け組だった中年男が稼ぐ仕組みをつくって人生逆転した方法

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