30代OLは親友ができず過食症になった過去が人生で一番辛かった

最近のイジメって、メチャクチャ陰湿だと思ったことはありませんか?

職場でのイジメもさることながら、特に小中高辺りでのクラス単位での総攻撃。30対1じゃ絶対に勝ち目ないじゃないですか?

実は僕自身、中学の時めっちゃイジメられました。

話すと長くなるんで詳細はまたの機会にしますが、メチャクチャ辛かったのは言うまでもありません。そんな中学時代の辛い対人関係を、告白してくれたアコさん31歳(仮名)は、現在化学メーカーの事務をされています。

30代OLが人生で一番辛かった中学時代は親友ができず

はじめまして。2次元や2.5次元から3次元まで常に何かしらを追いかけているアラサーのあこと申します。

アラサーといっても、もっと上の方から見たら私の人生なんてまだまだですが、そんな人生の中でも一番辛かった体験を振り返ってみます。私が一番辛かったのは、中学2年生の時に親の仕事の関係で青森から埼玉の中学校に転向したこと。

丁度、新学期が始まるのと同時に転校したのですが、1年間全く別の学校で過ごしてきた私にとっては新世界。

クラス替えもあったようで、周りの子は元々知っている子同士で仲良くなっており、その中に入らなければならないのが本当に苦痛でした。

元々関東育ちだったのですが、2年間の青森生活ですっかり津軽弁がうつってしまい、そんな馴染めなさに拍車をかけましたね。部活にも入りましたが、以前の学校よりもレベルが低かったことと、雰囲気になじめず1週間程度で辞めてしまいました。

それでもなんとか友達ができたのですが、友達というより私がただ後ろから付いていっているだけ、今となっては「 友達じゃなくね? 」と思うような関係でした。

「秘密の話だよ」と言ってグループの子に話した内容も、すぐに広まってたり、ふざけて持ち物を隠されたりしましたね。

それでも怒ったりできなかったので、いつも曖昧な笑いでごまかしてました。

辛かっただろ?ストレスが溜まると食べて解消する毎日

おそらく私は、ストレスがたまると過食に走る傾向にあるようで、学校から帰ってくるとすぐにアニメをつけて、ソファーに座ってずっと夕飯までお菓子を食べる生活をしていました。

量にすると、毎日ポテチを1袋食べて、さらにチョコレートなどをちょっとずつつまんでいる感じですね。運動をしている訳でもないので、当然太りました。この生活は1か月くらい続いたのですが、この時に10kg以上太りました。

50㎏だった体重が、なんと60㎏オーバーになってたんです。これはさすがにマズいなと思ったのですが食べていると気持ちが紛れるんですね。また、中々眠ることができなくなりました。

眠ってしまったら、気が付いたら朝になって学校に行かなくっちゃと思うと、眠ることができず。ずっと布団の上でゴロゴロしたり、大好きな漫画を読んだりしていました。また、静かな部屋に独りでいるのに耐えきれず、毎日ずっとテレビをつけていましたね。

テレビ番組もなんでもいい訳ではなく、この時はバラエティーオンリーでした。

ドラマで学生ものを見てしまうと、ついつい自分と比べてしまい余計みじめになってしまう。それと、ストーリーを追いかけるのは、意外と精神力と使うようで、特に修羅場の多いドラマは、この時見れませんでした。

同時期に聞いていた音楽を今聞くと、この時のことを思い出してしまうんです。この時は、毎日聞いて元気づけられていたのですが、しばらく聞くことができなくなりましたね。しかも、この時に目覚ましに設定していた曲は、今ではほとんど聞きません。

痛みを解消するため彼女は猛勉強して希望の高校に合格

2年間だけ耐えれば、新しい環境に行くことができる…この思いを胸に2年間耐え続けました。

おそらく、中学生で今まさに悩んでいる人にとっては、2年も耐えなければならないのか?と思うかもしれません。

よく言われるかもしれませんが、2年間なんてあっという間です。

友達とも、今楽しく過ごせればいい、悩み相談をする相手ではなく遊んでもらう相手として見るようになりました。進路を考えるようになったのは、2年生の後半からだったのですが、そこで「絶対にこの高校がいい!」と思える高校と出会えることができました。

自分の学力よりもかなりレベルの高い学校だったのですが、それがかえって良かったんではないかな。中学校は、地域によって勝手に区分けされてしまい自分で選ぶことができません。でも、高校は自分で選択することができます。

当然、偏差値がその学校によって異なっていて、勉強に関しても同じレベルの子が揃います。だから、自分と似た子に出会うチャンスだと思いました。

例え、今の自分の学力では無理だと言われても、勉強は頑張れば結果が出ます。実際に私の当時の偏差値は58くらいで、第一志望の学校の偏差値は63くらいでしたら、なんとか合格することができました。

学校の先生にも無理だと言われていたので、合格の報告をした時にはすがすがしい気持ちでした。(実は担任ともうまくいっておらず、人生で出会ってきた人の中で今でも大っ嫌いな人)

現状を変えるために、私がしたことを簡単にまとめると勉強を頑張った、これに尽きます。親も私が学校のことで悩んでいたことを知っており、またこの高校に通いたいと、思っていたことを知っていたので、全力でサポートしてくれました。

同じ学校の子が沢山いる塾ではなく、家庭教師もつけてくれました。

彼女は対等に話せる親友ができて対人関係を克服できた

この中学2年間のせいで、私は友達に対して反対意見を言うことが全くできなくなっていました。

ただ友達の意見にうなずくだけ、友達が「これ嫌い」と言えば、例え私は好きだったとしても「あんまりよくないよね。」と合わせてしまう癖がついてしました。

それを変えてくれたのは、やはり高校生活の中で会ってきた子たち。私が入った高校は校則が自由で、自主自立がモットーの学校。どちらかというと、自分の意見をしっかり持っている子が多かったんですね。

流されやすく、なじむ能力だけは高い私はそういった友達と接する内に、別に友達が好きなものを好きになる必要はないし、嫌いなものを嫌いになる必要はないんだなと思えるようになりました。

勿論、相手が好きなものをけなしたりすることは論外。でも、意見を言っても、仲が悪くなるようなことはありませんでした。

さらに良い経験になったのは、オーストラリアへ2週間ホームステイさせてもらったことですね。この時にも、やはりどちらかというと相手に任せることの方が多かったのですが、ホームステイ先の子に、「私がやりたいことではなくて、あなたがやりたいことを聞いているの」と言われてハッとしました。

そういった沢山の経験をし、沢山の人と出会うことで2年間で変わってしまった性格が、徐々にまた形成されていったような気がします。

今思えば、中学校って、なんて狭い世界だったんろと思います。

ただこの時に、人間関係で悩んだせいかその後、生きてきてこれほど人間関係に悩んだことがなく、また周りの人にもとても恵まれています。本当に、仕事関係でも人間関係では嫌な思いをしたことがありません。

悩んでいる時には、今後も明るいことなんてないんだと思いがちですが、自分も知らない内に強くなっているんです。今悩んでいるからこそ、乗り越えれば絶対にいい未来が待っています。

親友が出来ず過食症に人生で一番辛かった体験談

では、最後に要点をまとめておきますので、参考にしてくださいね。

  • 人生で一番辛かったのは、思春期の転校
  • ストレスを食べることに転嫁していたので、かなり太った
  • あの頃聞いていた音楽を聴くとフラッシュバックが起きて辛い
  • 転機は高校に進んで新しいクラスメイトと出会えたこと
  • 自分の意見をしっかり持ってる友達が多かったおかげで、自分も変われた

アコさんが言うように、中学なんて狭い世界。それが分かるようになるのは、きっと社会に出てからだったんだろうな。息をするのも辛い時は、誰かに相談してみよう!

声を出して相談すれば、少しは気が和らぎますから。

万が一の場合に備えて別の収入源を確保しておきませんか?

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします