何らかの理由で仕事できなくなって、貯金が徐々に減っていく恐怖を味わった経験はありませんか?

例えば、ブラック企業から脱出するため転職活動を開始したが、なかなか決まらなかった、難病に侵されて長期入院を余儀なくされた、ギャンブル中毒になってしまったなど、理由は様々です。

さて、ここにも上京を夢見て、転職活動したがなかなか決まらず、貯金が徐々に減っていく恐怖を味わった女性が一人いらっしゃいます。

20代編集者が人生で一番辛かったこと

転職活動でお財布も心もスカスカになった27歳女性。現在は夢叶って東京で編集のお仕事をしています。

私が人生で一番辛かったのは、4年間務めた地元東北の会社をやめて、有給休消化中の1か月間。

デザイン学校を卒業し、地元で公共交通機関の広報担当として編集のお仕事をしていたものの、どうしても昔からの夢であった東京で編集のお仕事をするというのが諦められず、転職を決意しました。

就活期間として、有給休暇を1か月申請することができ、貯金も150万円。これだけの時間とお金があれば、大丈夫だと思いませんか?私が甘かったのでしょうか?

東京に知り合いもいなかったので、最初はゲストハウスのような格安の宿を拠点にして就職活動をしていたのですが、その近辺は治安が悪いのか夜は一人で出歩くのが怖く、宿自体も古いせいかカビ臭くて虫が出る始末。

その生活に1週間も耐えられず、ビジネスホテルを転々とする生活を選んだのが大間違い。地元の東北と東京では、宿泊費用が全然違うんですね。祝前日などは一晩で1万円なんてこともありました。

すぐに内定が出るだろうと思っていたのは見当はずれで、狭き門の編集者ということもあり、予想よりも長くホテル生活を強いられ心もお財布も寂しい状況に。食費、移動費などもかさんであっという間に50万円が消えました。内定が決まってからの賃貸契約、引っ越し、家具の新調などを考えるとカツカツどころか赤字に……。

食事はスーパーで100円のカップ麺やパンで過ごし、ひもじい生活をしていました。

彼女が味わった痛みは徐々に減っていく貯金

今まで、毎月のお給料がもらえるのは当たり前。転職活動前は実家で過ごしていたこともあり、家賃、食費、光熱費なんて全く気にしたことがありませんでした。家にお金を入れるなんて言っても、一人暮らしよりははるかに少ない金額でしたし、毎週飲み会に行くような贅沢な生活を送っていたので、金銭感覚が狂っていたんだと後悔。

ごはんも毎日母が作ってくれたバランスのいいもので、部屋も常にきれいな状態。

温室育ちのように甘やかされていて、前職の出張も比較的いいホテルに泊まっていたので、1泊5千円もしないくらいの古い宿が本当に辛くて辛くて……。

元々少し潔癖気味だったのか、汚れやカビが目立つドアノブ、お風呂場、トイレ、ベッドなどすべてが受け入れられず、さらに虫も見つけてしまい、ただただ椅子に座って泣いている日々でした。

食事も最初こそ東京は外食のバリエーションが多く、どのお店もおいしいこともあり楽しんでいたのですが、日に日に減っていく残高を見るたび不安と後悔が募り、スーパーの100円以下に割引されたパンやお惣菜などを買って帰っては、寂しさと辛さ、なんともいえない喪失感で押しつぶされそうでした。

そこに極めつけは「 今回は残念でしたが、ご活躍をお祈りしています 」という企業からのお祈りメール。お金も自信も失って、何のために東京にいるんだろうと悶々と悩み続けていました。何度も実家へ帰りたいと思いましたが、母の反対を押し切って家を出た半面、戻る場所もありませんでした。

彼女は痛みを克服するために自分と向き合って全力で就活

どんなに悩んでも、状況は悪化するだけ。それが分かっていたので、とにかく早く内定を得ることだけを考えていました。

しかし、急ぎすぎて企業研究も何もせずに受けたらやはりお断りされ、逆にすんなり選考が進みすぎるところは人手不足のブラック企業。

早くしなければと思う一方で、焦りは禁物でした。

とにかく数を受けるのではなく、まずは自分の譲れない条件をきちんと洗い出して、どうして東京で編集の仕事がしたいのか、そのために地元では4年間どんな経験を積んできたのか、それをどのように生かしていけるのかを、ひたすらノートに書き続けました。

だんだんと漠然としていた憧れが、明確な目標になって、自分のすべてが書き込まれたそのノートが自信を取り戻すきっかけにもなったと思います。

そして、金銭的な不安を少しでも和らげるために、食費を減らすことはもちろん、面接も都度行くのではなく、効率よく訪問できるように1日に同じエリアは2社まとめられるように採用担当の方に頼んで調整してもらったり、交通費も削減するようにしていました。

そして私は引っ越しにかかる費用のことを知らな過ぎたのですが、どこの業者に頼むのか、何曜日にするのか、荷物はどのくらいあるのか、時間帯は指定があるのかなど、そういったことで金額が大きく変わるということを知って、どうすれば安くなるか、内定が出る前から調べるようになりました。

最初に見積を頼んだときと、調べた後では10万円近くも金額が違いました。

また、賃貸も敷金や礼金、仲介手数料などいまいち分かっていなかったのですが、詳しい友人に聞くなどして、費用を抑える方法をあらかじめ把握するようにしました。新生活に必要な家具家電も、安く譲ってくれるようなサービスも活用することを視野に入れたところ、なんとかギリギリ赤字にならずに済みそうということが分かり、ちょっとだけ安心できました。

辛い時は誰かに頼れ!彼女が痛みを克服できた訳

お金のこと、就職先のことは、その後なんとか乗り越えることができたのですが、就活期間に慣れない東京で一人で不安と寂しさと戦うというのは、正直無理だなと思いました。

強がりを言って実家を出てきてしまったので、帰りたいなんて口が裂けてもいえませんでしたし、両親に心配をかけたくないこと、そして下の兄弟もいたので、いつまでも憧れのお姉ちゃんでありたいというのもあったのかもしれません。

でも、やっぱりたまには声を聴きたいなんて思うこともあって、二次選考のお知らせがきたときなど、「 就活うまくいってるよ 」「 でも、もっと良いところも受けてみる 」なんて内容で、電話をすることもありました。

「 頑張れ 」「 やっぱりすごいね 」なんて言葉をかけてもらいたいだけでしたが、ほしい言葉をかけてくれる家族には感謝しかありません。

それでも、どうしても弱音を吐きたいときは、家族には教えていないSNSのアカウントでちょっとだけつぶやいたりもしていました。そうすると、転職や状況経験のある友達から応援のメッセージが届いたり、電話が来たりして、とても励まされました。

転職活動をするのも自分だけ、東京にいるのも自分だけ、一人で何でもやらなければと思っていましたし、そういうものだと思いますが、それでも応援してくれる人がいるということを実感できるだけで、一時的でも寂しさや辛さから解放され、頑張ろうと前向きになれました。

内定が出た今、やはり東京での一人暮らしは近くで相談に乗ってくれる人もいないので、寂しいな、辛いなと思うこともありますが、転職活動の1か月間の出来事を考えると、全然マシだなと思って強くいられる気がします。

そのときの大変だった出来事と、応援してくれたみんなのことを忘れず、自信を持ち続けることで、これから先の辛い出来事も乗り越えていきたいなと思います。

東京で働くことを夢見て上京そして金欠まとめ

では最後に要点をまとめておきますので、参考にしてください。

 東京で編集のお仕事がしたくて、地元有名企業を退職、そのまま上京
 格安の寝床で生活するつもりが、潔癖症のため敢なく断念、計画が狂い始める
 何故自分は東京で編集の仕事をしたかったか明確にし、猛烈に就活
 辛くて寂しい時は、誰かに頼ればいい

僕も貯金が徐々に減ってく恐怖を味わったことがありますが、それはまたの機会にお話ししますね。

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