人間ドックや健康診断で、思ってもみなかった診断されショックを受けたことはありませんか?

私自身は5年前の人間ドックで緑内障と診断されてしまいました。40代に入ると急に色々な病気に見舞われますよね。

伸さんは、60代に入ってもバリバリ働く元気なおっさんでしたが、ある日を境に状況が一変してしまいました。

彼は一時期、自暴自棄になり自死を選びましたが、それも失敗。

今はひょんなことから私と出会い、何故か弟子になってしまったという奇妙なめぐり合わせ。

60代自営業者が人生で一番辛かったこと

62歳の男性、自営業で設備工事をています。

人生で初めて入院をしました。一月前から何となく体調が悪かったのですが、仕事には行っていました。病院に行く3日位前には食べるものも食べられなくなってしまい、病院に行くことになりました。するとその場で入院する様に言われ、そのまま病室に入り入院決定。

まだ軽い気持ちで1週間もすれば退院出来るだろうと思っていて、ちょうどよい休憩になるなと、軽く考えていました。

一番心配したのは仕事の事です。こんな時、皆さんなどうしますか?緊急入院はしたことが在りますか?

寝間着も何も無くそのままベッドに横になっていました、携帯電話で今一緒に仕事をしている人に事情を説明して少しの休みを伝えました。会社には直ぐ退院するので心配をかけまえと連絡をしませんでした。

もっと辛かった事は、仕事が暫く出来なくなる事を知らされました。皆さんならばどうしますか?

まず頭をよぎった事は、仕事の事と家庭の事です。

仕事も私が居なければ今の仕事が止まってしまい、皆に迷惑を掛けてしまう。家庭の此れからの収入や生活をどうするか、夜は眠いのですが、寝る事が出来なくなってしまいました。

此れからどうすれば良いのか頭の中はそれだけで他の事は考えられませでした。

彼が味わった痛みは不治の病を告知されたこと

 

自分が入院をして、直ぐ退院できる事と思っていたのと、かかった病気が治る事が無いという事を聞かされてあまりにものショックで倒れそうになりました。

何十年とこの仕事をして来て、まさかこんなに急にストップするとは夢にも思ってもいません。

その病名は、急性腎不全です。

入院して4日目に人工透析する事になったので、この時点で仕事は出来ないと諦めましたが、中々気持ちの整理が付かずにいました。

気軽に1週間の休息などと、とんでもなかったし、甘かった、治るので在れば暫く大人しく寝ているべきですが、治る確率0パーセントで今り状態を維持して行くしかないのが現実です。

この時は人生終わったような気持ちになっていました。会社からは何時から出られるかとプレッシャーが掛かっていました。

ストレスが溜まり、口数も減り、半分諦めに近いものでした。

朝から晩まで此れからどうすれば良いのか生活が出来るのか、今まで仕事は、こればかりで一日が終わります。

クリスマスもお正月も病室でした。

この入院は3か月にもなり、退院してからは、週に3回人工透析をしなければなりません。週であと3日残っていて、何か職を見つけて何て思っていたのですが、人工透析をした後は体力がなくなり、とても仕事が出来る状態ではありませんでした。気持ちばかり焦ってしまい空回りするだけです。

落ち込みとストレスはピークに近いものが、何十年と生きて来て最悪の状態です、何故が先に経ってしまいましたが、ショックでした。

友人たちが去っていく苦しみも同時に味わった

一つショックな事が在りました。

仕事で自分が居なければ仕事が止まってしまうと思っていたのですが、そんな事は全く在りませんでいた。

一つの歯車として代用は幾らでもある事を知りました。

おごりです、自分一人いなくても仕事は止まらずに進んで行く事、今まで何十年とやって来た事って何だったのか、疑問に思う様になりとてもショックな思いでした。

兎にかく衝撃だった事は、絶対に治る事のない病気と何十年もやって来た仕事で、自分1人いなくても世の中はうまく回って行く事です。

仕事については、追い追い考える事にしましたが唯家庭の収入が無くなっているので此れをどうすか?しかし、此の何十年の仕事が全否定されたようで、とても寂しい感じがして今まで一緒にやって来た人達もだんだん離れていく感じが分かりました。

連絡もしてもらえず離れていく人達、人はそういう者でしょうか?

病気をした事より人間関係の寂しさや難しさを知った様な気になりました。

専業主婦で働いた事のない妻がいま働きに行ってくれています。赤字ですが何とか生活が出来ますがそう長くは続かないでしょう。

妻が働きだしたので、自分に出来ることは副業が出来ればいいのですが中々お金になりません。時間は在るので、クラウドソーシングを利用して自宅で稼げる様に頑張ろうかと思っています。

人生は何が起きるか分かりません、この先どんな人達と知り合いになるのか?影響を与えてくれる人が出て来るのか?

もし出て来るので在れば、先は短いですがどのように変わっていくのか自身で見てみたいと思います。何十年一緒でも合わない人は合いません、たった今知り合った人でも合う人もいる様に先を見て新たな出会いを期待したいです。

未だ事実を受け入れられず過去を悔いた

病気、入院、完治せず、仕事、仲間が離れて行く、3か月の間に色々な事が在りました。

元気だから病院に行かずに無理をしてしまう事、治ればいいのですが完治しない病気運が悪いのではなく、自身の節制の問題なのでしょう。

皆さんは一生働く事が出来なくなると聞いてどう思いますか?

仕事の無い不安、お金の無い不安をどのように乗り越えて行くのか精神的な問題です。

最近は気持ちも落ち着いて来て、やってしまったと諦めています。暴飲暴食を若い時から気にもせずして来た付けが出たのでしょう。

    • 病気になった経験で世の中の一つの歯車であった事を知り、人の付き合い方も少なくとも知る事が出来、仕事無い事の不安を味わい、平凡であっても仕事が在り、何もない日が過ぎて行く事の大切さを知る事が出来ました。
    • 最初の入院で病名とこれからの事を告げられた時のショックは今でも忘れる事が出来ません。人生自分にとってこれ以上の衝撃的な出来ごとは無いでしょう。一夜にして人生が変わってしまったのですから。
    • くよくよしても、悩んでも仕方が在りません。第二の人生頑張りましょう。

      皆さんの中でも同じような人が居ると思います。

      事故で体が動かなくなってしまったなどといろいろな人達が、徐庶にならば心構えが出ると思いますが、突然すべての物が停止しするのです。

      保険に入っておけば良かったとか、多少なりとも貯金をしておけば良かったとか色々在ります。

      人間先の事は分かりません、まさか自分がこうなるとは、自分だけは何もないと思っている人が殆どではないでしょうか。これはアドバイスとして見て下さい。なってからでは遅いのです、何年後にこうなったらどうして置けばいいのか、今から考え、備えるべきです。

不治の病と診断され絶望のどん底に落とされたことまとめ

では、最後に要点をまとめておきますので参考にしてください。

 40年間病院にかかることなど一度もなかったが、即入院と診断され不安だった
 急性肝不全と診断され、仕事も辞めなければならないと分かり絶望した
 病気のことより、人間関係の寂しさの方が辛かった
 少しでも家計の足しになればと、パソコンの勉強を始めた
 クラウドソーシングで少しづつではあるが、稼げ始めた

40年間もの間、職人気質でやってた伸さんは、当然パソコンのパの字も分からないようなオッサンでした。しかしながら、今は少しづつブラインドタッチもマスターし、クラウドソーシングに夢中のようです。

目標は、師匠である私越えらしいのですが、いつになることやら…

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