アラサー男子が人生で一番辛かったことは忙しすぎたアシスタント業務

憧れていた業界の人に出会えて興奮した経験はありませんか?

僕は、とある釣り場で、業界で知らぬものはモグリなぐらい有名なプロの釣り師に遭遇して超興奮。しかも2人っきりの最高なシチュエーション。

「何でもいいから声をかけろ!」って心の声がしたんだけど、恥ずかしがり屋さんだった僕は、一言も声を掛けられずに終わってしまった嫌な思い出。

アラサー男は仕事が忙しすぎて人生で一番辛かった

こんにちは!ファション大好きなアパレルで働くアラサー男子です!

私は学生の頃からファッションが大好きでした!いつも雑誌を読んでは洋服をみたり、買いにいくのが楽しみで将来絶対にアパレル業界で働く事を夢みて頑張っていました。僕は服飾学校を卒業した後、アルバイトとして古着屋さんで働き始めます。

毎日多くの人と出会いファッションについて雑談したりと楽しい毎日を送っていました。

ある日、知り合いに誘われクラブに行く事になりました。そこで偶然紹介されたのが、有名なファッションスタイリストMさん。

初めてスタイリストさんに出会った僕は、芸能界の事やファッションの事について色々と質問したのを覚えています。

そして別れ際に連絡先を交換してもらえることになり、僕はもう大はしゃぎ。後日、そのスタイリストさんから「もし時間があったら撮影の手伝いをしてもらいたい」という連絡を頂き、休みの日を利用し撮影のお手伝いをする事に。

その日から少しずつ誘われる日数が増え「うちで働く気はないか?」との誘いを受けました。

正直、販売員としてはある程度やってきて刺激が無かったのもあり、その方の事務所に入りお仕事を手伝う事になりました。

しかし後に、この転職で失敗ではないかと感じるようになっていきます。

というのも、仕事量が今までのアルバイトや仕事で一番多く、寝れない日もあったりと辛かったのです。

憧れのアシスタントになるも激務すぎる痛みに襲われる


初めのうちは、お手伝いとして本当に近くに付き添っているだけ。

なので、そこまで辛いと思う事もななく、一緒に仕事をする事ができました。しかし、事務所に入る事になり、少しずつアシスタント職業の内容と責任感が分かってくる事になりました。というのも、私の師匠は1日に撮影を2~3個掛持ちしており、とにかく撮影の準備と移動で何時間もかかってしまいます。

それなのに、アシスタントは私1人しかいませんでした。

普通なら2人や3人いてもおかしくない大変さなのに、今までいたアシスタントたちは数ヶ月で辞めて行き長続きしなかったと知らされました。

それを聞いて、自分は諦めたくないと思い必死に食らいついて毎日の撮影に取り組んでいました。時間が経つにつれ師匠も仕事のペースを増やし、私の許容範囲を超える事になっていきました。

撮影の準備でスタイリングやアイロンがけ、撮影が終わればスタイリングをすべてばらし、元の状態に仕上げ数10着ある洋服を、それぞれの店舗へ返す為の返却作業をする仕事内容を一手に引き受けていたため、まず家に帰る事が難しくなっていきました。

次に寝る時間です。

仕事が終わらなければもちろん、事務所での寝泊まりが当たり前になってきます。そして朝までに作業を終わらせると、早朝からの撮影の準備をしなければなりません。このような日々が毎日続きました。

食事に関してもゆっくり食べた記憶が本当になく、自分は何の為に頑張っているのか分からなくなってしまいました。

痛みを解決するため彼は仲間に助けを願い回る


正直、初めのうちはどうすれば良いのか全く分かりませんでした。

服飾学校時代の周りのアシスタント仲間とも、携帯で連絡をとりお互いの状況はどうか聞いたりしました。

すると、1人は駅のホームで突然倒れて救急車で運ばれてしまい、1人は過労で点滴を受けながら仕事をこなしている奴までいました。

中にはアシスタントになると車移動なので、運転をしなければいけないのですが、運転中に事故を起こし、亡くなってしまった奴までいたと聞きました。

私はまず、服飾学校でお世話になった先生方に連絡をしました。学生時代はよく先生方から「あなたならしっかりしてるから、アシスタントとして頑張っていけるし、将来独立してスタイリストとしてやっていけるから、挑戦してみなさい」と助言を頂いていました。

突然の連絡にもかかわらず、そんな先生方に相談を受けてもらったのを覚えています。

その際、何が問題なのかをよく考え、それを解決する事が重要という風に助言を受けました。私の中での1番の問題は、仕事量が明らかに多すぎる事でした。1人だけしか作業する人が居ないなんて、あり得ないといつも思っていました。

なので、それを先生に伝えた所「それでは同級生や友達を呼んで、一緒にできる仲間を増やせばよいのでは?それを師匠の方に伝えた方がよい」と助言してもらえました。その助言を元に、当時仲の良かった友達に連絡を取っていき、どうにかして助けてくれないか?という風に頼み込みましいた。

1日だけならと言ってくれる友達もいたり、コンスタントにいける時は行くと言って助けてくれた友達もいました。

そして思い切って師匠に、今のままの仕事ペースでやっていくのだったら、アシスタントを増やしてくれないと厳しいと頼み込みました。

新人を教育し育てていく面白みを知って痛みを克服


その忙しさに少しずつ慣れながらも、私はひたすら仕事を続けました。

友達が助けてくれたおかげで、今まで仕事中は一番下の身分で、話し相手もいなく毎日辛かった。その後、友達と話をしたり時間を一緒に過ごせる仲間ができたので、とても癒しになったのを覚えています。色々な方から助けてもらっている間に、新しいアシスタントも入ってくるようになりました。

初めのうちは、自分がアシスタントでも長い方で、色々と教えながらやっていかなくてはならず大変でした。

でも、彼らが慣れてくると新しい仲間も自ら動くようになってくれた為、負担が少しずつ減っていきました。お互いにキツい事があったら早めに相談をし解決しようと、決め助け合いながら毎日を過ごしていたのを覚えています。

中には同級生でもっとアシスタントとしての経験をしてみたいと言ってくれた友達もいて、週に3.4回などバイトのような感覚で手伝ってくれたりもしたので本当に楽しく仕事が出来ました。

師匠も特に人が増える事に関しては何も言わず、そのかわり仕事量はいつも通りの量をこなしていく事になります。

現在の私はと言うと、2年半働いたその事務所を辞めて、自分の憧れでもあったブランドを立ち上げる為に、色々と勉強を始めています。

スタイリストとしての独立も考えましたが、いつ独立出来るのかが分からず、このままずっと続けてもあまり稼げないため為、難しいと考えたのが正直な気持ちです。今となっては、あそこまで厳しい仕事を経験出来た事は、誇りに思っていると同時に自信へと繋がっています。

実は今でもちょこちょこアシスタントが必要な時は、手伝いにいって新人の子たちに指導しながらお手伝いはしています。

今後もっと多くの人が、この世界を嫌いにならず頑張ってもらえたらと願っています。

憧れのアシスタント業務が忙しすぎて辛かったまとめ

最後に要点をまとめておきますので、参考にしてください。

  • 有名なスタイリストに声を掛けられ興奮
  • アシスタントをやることになったが、激務で眠れない日々
  • 体が潰れてしまう前に、仲間に応援を要請
  • 師匠に、アシスタントを増やして欲しいと具申
  • 辛い時は、声を出して誰かに助けを乞うべき

僕も、業界人から声をかけてもらってたら、人生変わっていたかもしれませんね。

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